「なるほど……。そんなことがあったのですか……」 時間は午前5時。エルマ神殿司祭室。 俺は今エミリアス最高司祭に今日起こったことを話した。 ライカの巡回中に大聖堂内を荒らしていたであろう謎の生命体がいたこと。その『なにか』との戦いでエルマの騎士の一人が重傷を負ったこと。その怪物が逃げた先にはライカがいて、ライカが明らかに嘘をついていると言うこと。 そして、気がつけば、その化け物はすでに姿を消していたと言うこともだ。 ただし、 ライカに色時がけを仕掛けられたことは伝えていない。 んなことを話せばライカの女としてのアイデンティティーが破壊されかねない。それに、そんなことを話したって大したことがないだろうと判断したからだ。どの道ライカが怪しいことは変わらないのだから。 今必要なのはライカが侵入者を自作自演していたという証拠。それさえあれば、この事件を終わらせられる。 あの時大聖堂にやってきたエルマの騎士達(全員警備部)には火乃木が説明してくれているはずだ。 これで、アーネスカにライカを侵入者の容疑者として疑わせることが出来る。 「まさかライカさんが犯人だなんて……。信じられない……」 エミリアス最高司祭はショックを隠しきれない様子だ。 そうだろうな……。 あの人はいつでも柔和で穏やかな笑みを絶やすことのない人だった。たった2日しか経っていないが、あの笑顔が全て仮面だったなんて思えない。 だが、現実にあの人が巡回しているときにあの化け物は現れた。そしてエルマの騎士の一人が重傷を負った。 今はまだ状況証拠だけだが、突き詰めていけば証拠は出てくる。あの人がエルマの騎士でいられるのも時間の問題だ。 「ご苦労様でした。鉄。貴方のおかげで事件は送球に解決できそうです」 表情を引き締めエミリアス最高司祭は言う。 「後は、こちらでライカさんのことを洗い出してみましょう。証拠が揃い、ライカさんが犯人であると言う事実がはっきり浮かび次第、報酬を支払います」 「わかりました」 俺は一礼して司祭室から退室する。 退室した先には火乃木が待っていた。 「待たせたな」 「ううん……」 火乃木は浮かない顔をしている。 それもそうかもしれない。自分のことをかばったエルマの騎士が自分の変わりに左手を失う可能性も出てきた。責任を感じていても無理はない。 「じきにライカが犯人であると言う証拠も出揃うだろう。そうすれば、晴れて金貨90枚ゲットだ」 「うん……」 火乃木の返事は暗い。 「どうしたんだよ。火乃木。いつもの元気はどこいったよ!」 俺はわざと明るく言う。こういうときに無理にでもテンションを上げて元気付けるのは俺の役目だ。 「ボク……何にも出来なかったなぁって……」 「火乃木……」 「ボクの……中途半端な魔術のせいで、マナさんが……」 マナって言うのは火乃木をかばったエルマの騎士の名前だろう。 「お前のせいなんかじゃない。あんまり自分を責めるな……。そんなことしたって、マナさんの怪我が完治が早まるわけでもない」 「それは……そうだけど……」 「だー! 分かってねえな!」 あんまりにも火乃木がうじうじするもんだから俺はイラっときて声を荒げた。 「え?」 火乃木は驚いて俺を見る。 「お前がどう思おうと勝手だがな! マナさんは自ら前にでてお前を守ったんだ! その心には純粋にお前を守ろうとする思いがあったはずだ! その思いを持って助けたお前が、今みたいにウジウジしててどうする? その姿をマナさんに見せ付けて落胆させる気か!?」 「あ……」 「マナさんに悪いと思うならせめて笑え! そしてお礼を言えばいい。助けてくれてありがとうって。そう言えばいい!」 「レイちゃん……」 「お前はマナさんが必死になったからこうして無事でいられるんだ。それに対して感謝し、マナさんのおかげで自分は助かったんだよって心からお礼をいうこと! ウジウジ悩んで、身動き取れなくなってんじゃねえ!」 「…………ウン」 火乃木は目じりに溜まっていた涙を法衣の袖で拭う。 「そうだね……。そうだよね……! 泣いてる姿じゃなくて元気な姿を見せて感謝すべきだよね」 「そういうことだ」 火乃木はもう一度方衣服の袖で涙を拭った。 「ありがとう。レイちゃん!」 そしてにっこりと笑う。その笑顔はきっと作り笑いに違いない。きっと心の奥底では責任を感じていること事態は変わっていないかもしれない。 それでも、無理にでも笑うほうがいい。表面的にでも元気になった方がいい。少なくとも暗い表情をしているよりはずっといい。 「もう寝ようぜ。しっかり寝て、起きた頃には診療所だって開いている頃だろう」 「うん。そうする」 俺と火乃木は二人でならんで宿舎へ戻り、遅い睡眠を取る事にした。 明日には全てが解決していることを願いながら。 「レイちゃん! 起きて! もう十時だよ!」 「……んが?」 ね、眠い……。体が起き上がらない……。 火乃木……頼む……もう少し寝かせてくれ……。 あと……三十分はせめて……。 そう思っていると俺の部屋の扉が開いた。扉が開いた先には元気な火乃木の姿があった。 だからなんで開いてるぅ!? 俺確かに部屋に鍵かけたぞ!? 火乃木は一体どんな魔術を使ったと言うのか!? 「おはよー! レイちゃん」 むちゃくちゃ陽気に口を開く火乃木に対し俺のテンションは終始ローだ。 「お前……一体どんな魔術を使ってんだ?」 俺はけだるい体をゆっくりと起き上がらせながらそう言った。 おや? 今日は法衣服ではなくていつもの服装だ。黄土色のシャツに緑の巻きスカート。 「え? 何が?」 「どうやって扉を開けてんだって聞いてんだよ」 「ああ、そう言う事。それなら……」 火乃木はそういい自分の懐を探る。すると……。 「ホイ!」 「ウォイ!」 なんでお前が俺の部屋の鍵を持ってんだ!? 何でなんだ!? 「レイちゃんの危機意識もここまで低いと問題だね〜」 「はぁ?」 「寝る前にレイちゃんの尻ポケットから鍵がちょっとだけはみ出てたんだもん。こっそりとっちゃったよ」 「お、おお前……」 「ん?」 無邪気な顔をする火乃木。ムカつくくらい陽気でムカつくくらいケロッとしたその表情が許せん! 「チェストー!」 俺はチョップを火乃木の額目掛けて放った。 「はうあ〜〜〜!」 俺のチョップは見事火乃木の額にクリーンヒットした。ひよこが火乃木の頭の上を舞い、その場に倒れ伏す。 ……とりあえず、鍵は返してもらおう。 倒れた火乃木の左手に握られてる鍵に俺は手を伸ばした……その途端! ガシッ! っと俺の手を掴む火乃木の左手! 「なんで、い・き・な・りボクが……」 「おい、離せ! 手をとりあえず離せ!」 「叩かれなくちゃいけないのさーーーーーー!!」 ハッ! 殺気! そう思ったときには火乃木のブローは既に放たれていた。 「カヘァ……!」 一体うつぶせで倒れているその状態でどうやって必殺ブローを出したのか……。 意識が遠のく合間、俺はそんなことを思った。 「いてえ……お前、後で覚えてろよ」 「スグワスレテアゲルヨ」 「なんでカタコト?」 俺と火乃木はルーセリアの城下町を歩きながら、そんな会話をしていた。 時間は既に十時半。エルマ神殿の食堂も開いてないし、宿舎の食堂も朝食の時間はとっくに締め切ってたんで、食事は外で取ろうと言うことになったのだ。 「なあ、火乃木よ、俺の部屋の鍵を取り合えず返してくれないか?」 「コトワル」 「おめえ調子に乗ってんじゃねえぞー!」 「やーだやーだ! これ返しちゃったらレイちゃん起こしに行けなくなっちゃうよ!」 「自分で起きるからいい! とにかく鍵を返せ!」 「いーやーだー! ボクがレイちゃんを起こすのー!」 「ダ・ダをこ・ね・る・な!」 あ〜なんかこのやり取りが懐かしい気がする。 アスクレーターとして仕事して、その仕事を終えた直後のこうしたくだらないやり取りはある意味疲れを癒す清涼剤だ。 肉体的には疲れるが、やっぱりこういうくだらないやり取りを通して平和と言うものを感じ取れるわけだ。平和って大事だよな〜。 そう言えば……。 ライカは何が目的で大聖堂を荒らしていたのだろう? そしてあの化け物……。アレはライカが作り上げたものだったのだろうか? まあ、何かしらバックグラウンドはあるかもしれないが、ライカの悪事が露見した今となっては俺達には知る必要のないことかもな。 「……? レイちゃん?」 「んあ?」 「どうしたの? まだなにか気になることでもあるの?」 火乃木は俺の表情から俺がどういったことを考えているのか即座に当てる。 「ありゃりゃ。分かっちまうか」 「レイちゃんが考え事してるときの顔なんてすぐ分かっちゃうよ」 「色々気になる事件だったからな」 「んもう!」 そういうと火乃木は不満顔になった。ぷっくり膨らませた頬が子供っぽくて可愛く感じる。 「もういいじゃない。そんなこと! そんなことより、金貨九十枚が手に入るんだしさ、今後のことを考えようよ!」 「それもそうだな」 俺は火乃木の言うことに素直に従うことにした。 そうだな、俺らに出来る仕事はもうほとんどないわけだし、今はこの状況を楽しむとしよう。 城下町で少々遅い朝食を済ませた俺と火乃木はそのまま病院に向かうことにした。 火乃木の代わりに重症を負ったマナさんの見舞いのためにだ。 「今朝搬送されたばかりの、マナって言う人の病室に行きたいんですが……」 病院の受付でそう伝えると、俺と火乃木は看護婦に案内されマナさんの病室へ向かう。 病院といってもそれほど大きいわけではない。 一つの宿舎かなにかを改造して作ったのか、少々古い板張りの廊下や色あせた壁が、この建物がいかに古いかを物語るには十分すぎるインパクトを持っていた。 部屋数は……まあ、多く見積もっても二十部屋もないだろう。 「こちらになります」 看護婦の言葉と同時に、俺達はマナさんがいる病室の扉の前で止まる。 「マナさん。お見舞いの方が来てますよ」 丁寧な言葉で看護婦はそう言い、扉をノックする。 「開いてます。入ってください」 「失礼します」 一人部屋の個室。俺と火乃木はその中へ足を踏み入れる。 そこには浅黒い肌でショートカットの黒髪、そしてまだ幼さの残る容姿をしている少女がベッドの上で体を起こしていた。 「ああ、白銀さんに鉄さん」 マナさんの左腕にはギプスががっちりはめられていて、動かすこともままならないといった感じだった。 だが、切断したと言うわけではない。不幸中の幸いと言うべきか。 「……」 「お、おい火乃木……」 火乃木はマナさんの顔を見た瞬間俺の後ろに隠れるように移動する。俺の方が背が低いから隠れ切れていないと思うが。 「ど、どうしたの白銀さん?」 マナさんは目を丸くして俺の後ろに隠れた火乃木を見る。 「あ、こいつ、ちょっと人見知りが激しいのと、恥ずかしがり屋で……」 「あ、えっと……」 その途端、火乃木は俺の背中から顔をだした。 マナさんと目があわせづらいのか、両手で指先をもじもじといじっている。自分のせいで大怪我を負ったと言う負い目もあるのだろう。 「あ、あの……昨日は……ありがとうございました!」 そういって火乃木は頭を下げた。 マナさんは突然の火乃木の謝礼に驚いたようだ。しかし、すぐに穏やかな表情に変わり、応える。 「どういたしまして」 「え?」 「だから、どういたしましてって、言ってるの。そんなかしこまらなくてもいいよ。気にしていないから」 どうやら、マナさんは火乃木の心中を察していたようだ。火乃木が自分のせいで怪我をしたと思った。そういう気持ちを読み取って、マナさんは話しているのだ。 「お、怒らないんですか?」 「そんな必要ないじゃない。貴方を助けたのは私の独断なんだし、結果的に貴方は無事だったんだから、それでいいでしょう?」 「……!」 火乃木の表情に笑顔が灯《とも》る。少しでも自分を気遣ってくれていることが嬉しかったことと、マナさんに対する負い目がなくなったからだろう。 「エルマの騎士たる者、弱気者の盾であれ……」 「……? 何ですかそれ?」 マナさんの意味深な発言に俺は質問で返す。 「エルマの騎士を志すものとして、胸にとどめて置くべき三つの誓い、その一つよ。私達は自分の命だけを最優先してはならない。必ず、自分よりより苦しむ存在、自分よりより苦しんでいる存在のためにその身を捧げる覚悟を持たなければならない。って言うこと」 「だから、火乃木を全力で守ったと言うことなんですね?」 「うん、そうよ。それが私の役目だから」 「凄いなぁ……」 火乃木が羨望《せんぼう》の眼差しでマナさんを見る。 「ボクにはとても真似できないや。そんな考え方」 「そりゃ、エルマの騎士でもない人が簡単に真似られる精神じゃないよね。私達はほら、ちゃんと訓練積んでるから」 ハハハッっと、マナさんは冗談交じりに笑う。 俺もマナさんは凄いと思う。 『エルマの騎士たる者、弱気者の盾であれ』 それは言い方を変えれば、他人を守って当然、他人のために戦うことが当然と言うことでもある。 俺にはそこまで高潔な考え方は出来ない。だけど、エルマの騎士として教育された彼女達にはその考え方こそが当たり前になっているのだろう。 それが出来る時点で十分凄いと思う。 「ところで、その左手の方は大丈夫なんですか?」 俺は昨日から気になっていたことをマナさんに聞いた。 昨日俺達を襲った『なにか』のハサミによってマナさんの左腕は思いっきり挟まれた。かなりの量の血を噴き出していたし、下手をすれば切断することにもなりかねないと思っていたのだ。 だが、こうしてみてみると左腕にしっかりギプスが巻かれているから切断には至らなかったのだろうということは分かる。 「先生の話だと、動かさずに絶対安静の状態を2ヶ月は続けるように、だって。神経が完全に破壊されたわけではないから、魔術医療とリハビリを繰り返せば十分だそうよ」 「そっか。そりゃはよかった」 それを聞いて安堵した。 腕が片方なくなるなんてことになったら日常生活にまで支障が出るからな。そうならなかっただけでも良かった。 「それはそうと!」 マナさんが興味津々といった表情でこちらを見る。 「あの後どうなったの? あの化け物は? 犯人は捕まったの?」 「あ〜待ってください。一つ一つ答えていきますから」 俺は昨日、マナさんが怪我を負ってから今までの間に何があったのかを簡潔に説明した。 あの化け物を操っていたのはライカであるということ(可能性だが)、化け物がいなくなったと同時にライカが現れたため、ライカが極めて怪しいと言うこと、そして、ライカの疑いを確実なものとするためにエミリアス最高司祭が動き出し、事態が収束に向かっていると言うこともだ。 とりわけ、ライカが本格的に怪しいとして、エミリアス最高司祭が本格的に動き始めていることに関してはショックを感じているようだった。 「ライカさんがこの事件の犯人だなんて……」 「ボクも信じたくない……でもあの状況じゃライカさんが怪しいとしか言いようがないんだよね……」 「俺も信じられなかったんですけどね……」 ライカが疑わしい時点では少なくともライカが犯人であると俺は思っていた。もちろんそうであってほしくないと言う気持ちだってあったが、昨日色仕掛けをされて確信した。あの女は自らの行いのためなら何でも出来る女だってこと。それゆえに平気で周りを巻き込めるような人間だってことも。 「そうですか……」 マナさんはゆっくりと体を横にした。 「鉄さん。最高司祭様に伝えていただけますか?」 「何をお伝えすればいいですか?」 「早く腕を直して可能な限り早く復帰します……って」 「わかりました」 「すみません。……少し、一人にしていただけますか?」 俺に断る理由はないな。 「よし、行くぞ、火乃木」 「うん。マナさん。またね!」 「うん。ありがと」 俺と火乃木はマナさんを病室に残し、病院を後にした。 |
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